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浅野温子の若い頃って天使!?過去から現在の見た目の変化は!?

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浅野温子さんといえば、長身スレンダーで、雰囲気も大人な綺麗な女性というイメージがあります。

しかし年齢は意外で、2021年にはなんと還暦を迎える年齢になります。

そんな浅野温子さんですが、現在では刑事もののドラマなど、できる女性を演じることが多いですよね。

しかし昔はグラビアもされていた時期があり、あどけない表情と大人の表情が合い交えるかなりの美女でした。(今も美女ですが。)

そんな浅野さんについて

  • 浅野温子さんの若い頃から現在の見た目の変化
  • 22歳の電撃結婚でできた息子は!?
  • プロフィール

にフォーカスしてまとめていきます。

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浅野温子さんの若い頃から現在の見た目の変化

浅野温子さんは、2019年で58歳を迎えますが、その昔は本当に美女で、世の中の男性を虜にしてきました。

その見た目は、平成が終わり新時代を迎える今ですら全然通用するもので、知らない方が見るとびっくりするのではないかと思います

そんな浅野温子さんのデビュー以降の姿を数年ごとに、可能な限り追って紹介していきます!

それでは見ていきましょう!

1978年 高校生大パニック

17歳の頃の浅野温子さんです。

40年以上前の女子高生とは思えない美貌ですよね。

今の芸能界でも十分に活躍できる見た目のように思います。

1977年 聖母観音大菩薩の頃

16歳の頃の歳の頃の浅野温子さんです。

1981年 スローなブギにしてくれ

20歳の頃の浅野温子さんです。

1983年 陽暉楼

22歳の頃の浅野温子さんです。

1985年 姉妹坂

24歳の頃の浅野温子さんです。

1987年 あぶない刑事

26歳の頃の浅野温子さんです。

1990年 天と地と

29歳の頃の浅野温子さんです。

1991年 101回目のプロポーズ

30歳の頃の浅野温子さんです。

大人の魅力が右肩上がり状態ですね。

1988年 抱きしめたい

37歳の頃の浅野温子さんです。

1995年 沙粧妙子-最後の事件-

34歳の頃の浅野温子さんです。

1997年 職員室

36歳の頃の浅野温子さんです。

2000年 平成夫婦茶碗

39歳の頃の浅野温子さんです。

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2005年 ダイヤモンドの恋

44歳の頃の浅野温子さんです。

2010年 フリーター、家を買う。

49歳の頃の浅野温子さんです。

2013年 いつか陽のあたる場所で

52歳の頃の浅野温子さんです。

2016年 男と女のミステリー時代劇

55歳の頃の浅野温子さんです。

2018年 ブログより

57歳の頃の浅野温子さんです。

いかがでしょうか!?
何度もいいますが、今でも綺麗なのですが、30代くらいまではやはり別格で、必要以上に画像を添付してしまいました。

昔なのに今全く同じ見た目で登場しても通用するほどの美貌と思っています。

22歳の電撃結婚でできた息子は!?

昭和から平成にわたり活躍されてきた浅野温子さんですが、実は結婚はかなり若い頃にされています。

その息子さんは、NHKのアナウンサーをされている『魚住優(1984年10月5日)』さんです
なんと2019年で35歳を迎える年齢です。

今でも本当に綺麗なままでいる浅野温子さんに、そんな大人な息子さんがいるのはかなり意外ですよね!?
しかもおそらく、それほど有名ではない事実です。

当初浅野さんは22歳で、旦那さんの魚住勉さんは36歳ということで、当初にしては年齢差がある結婚だったのではないでしょうか!?

そんな浅野さんはなぜ若くして魚住さんとご結婚されたのでしょうか

その肝心な馴れ初めですが、インターネットで検索してもしてもみつかりませんでした
どうやら馴れ初めについては明かされていないようです。

魚住勉さんといえばコピーライターとして名を残されていることと、作詞もっされておりました。
作詞で有名なフレーズといえば、『男と女のラブゲーム』があります。

これは若い年代の方でも聞いたことはあるのではないでしょうか?

そんな浅野さんと魚住さんは接点があるような、ないような。。
共演さえたという情報もありませんね。

また馴れ初めが公開されていないということもあり、あまり表には公開したくない『パーティや紹介』ではないかという声もあります

たしかにこういう類の出会いだとあまり馴れ初めとしてお話したくはないかもしれませんね。

プロフィール

  • 本名■魚住 温子(旧姓:浅野)
  • 生年月日■1961年3月4日
  • 出生地■東京都大田区蒲田
  • 血液型■A型
  • 職業■女優
  • ジャンル■映画、テレビドラマ、舞台
  • 活動期間■1976年 -
  • 配偶者■魚住勉(1983年~)
  • 事務所■生島企画室

浅野温子さんは、15歳の時に芸能界への門をたたきます
そのきっかけとなったのが、1976年山口百恵さんが主演する映画『エデンの海』にて、山口百恵さんのクラスメイト役のオーディションでした。

このオーディションで見事に合格し、映画にて芸能界デビューされました。

そして聖母観音大菩薩という映画にて、16歳にしてヌ‐ディ-なシーンにチャレンジされたことは、昔らしいチャレンジ、というか今では完全にアウトですよね。。汗

また1981年には、『スローなブギにしてくれ』で再度ヌ‐ディ-シーンにチャレンジしています。

先ほどの画像で見た通り当初はかなりの美少女で、今考えるとそんなシーンにチャレンジしなくても芸能界を生きていけたと思うところです。
当初の芸能界は厳しかったことがわかりますよね。

そして浅野さんといえば1988年放送のドラマ『抱きしめたい』での浅野ゆう子さんとのダブル主演、そして1991年の武田鉄也さんとのダブル主演『101回目のプロポーズ』
ですよね。このあたりから浅野さんが完全に売れっ子として定着しました。

趣味としてはなんとドラえもんのグッズ蒐集だそうで、大山のぶ代さんのドラえもん声優引退で、新声優募集では最終選考まで行ったそうです。
この落選は悔しいでしょうね。。
しかし選抜された『水田わさび』さんはあまりにも適役過ぎて納得てあったかもしれないですね。

浅野さんはどんな声で臨まれたのでしょうか。

その他の活躍としては、バラエティで旅番組などにも出演されており、多岐にわたって才能を発揮されています。

今後も更なる活躍がきたいできる女優さんですね!

まとめ

今回は浅野温子さんについてまとめました。

まとめ記事のまとめとしては、

  • 浅野温子さんの若い頃は絶世といえる次ほどの美少女でヌ-ディ-シーンにもチャレンジしていた
  • 旦那さん(魚住勉)との子供はNHKアナウンサー『魚住優』であった

やはり大物女優の過去には、それなりに理由があるということがわかる昔の姿でした。

今回は以上となります。
最後までご覧いただきましてありがとうございました。

他にも記事がありますので、良ければご覧になってごゆっくりしていってください。

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